心が満たされない理由は「他人のものさし」「承認欲求」に支配されているから

from 書籍

他の人から見れば自分は幸せ者なのかもしれない。恵まれているのかもしれない。

だけど、本当は今の自分にどこか満足していない・なぜか心が満たされない・モヤモヤするということは現代の人は誰しもが感じる可能性があることです。

頑張って高学歴の大学を卒業して、大企業に就職したけど”思っていた人生と何かが違う”

流行のファッションを身につけて、流行のスイーツを食べても”どこか満たされない” “楽しくない”

ツイッターやインスタグラムで「いいね」をもらった瞬間はうれしい。だけど、そのあとはなんだか虚しくなる。

人それぞれに多くの悩み・満たされないモヤモヤがあると思います。

そのような「満たされないモヤモヤ」の根本的な原因は、今の自分が受けている幸せが「自分が本当に求めている幸せではない」ということです。

満たされない心のモヤモヤを解決するには、2つの生き方をやめるべきです。

他人のものさし(価値観)に従うような生き方をやめる
承認欲求に従うような生き方をやめる
この2つの生き方をやめることで、自分が求める本当の幸せに気づき、近づけるようになります。
 
この記事では「他人のものさし」と「承認欲求」についてまとめていきます。
あなたの満たされない心の解決への糸口になれば幸いです。
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他人のものさしに従わずに生きる

世の中の価値観(他人の価値観)は個人には合わない

もはや決まり文句のような「型にはまりきった価値観」の例をいくつか挙げてみましょう。

学歴の高い大学に入れば、大企業に就職できて人生勝ち組
流行のファッションやメイク、髪型にすれば異性からモテる
高級車を買う・ブランド品を見につれば自分のレベルが上がる
都会で暮らせば、出会いがある。仕事が成功する。便利である。

実際にはもっとあると思います。ぜひ、考えてみてください。

このような型にはまった価値観は広がりやすいです。なぜなら、人は大衆心理に引っ張られやすいからです。

特に日本人は協調性を重んじる傾向にあるので、自分があまり納得しなくとも周りのみんなに合わせてしまいます。

そして、周りと平均的な価値観を共有しているうちに「自分の価値観」を忘れてしまいます。その結果、「幸せなはずなのに心が満たされない」というズレが生じます。

 

知らず知らずのうちに「その価値観の型に自分を当てはめれば、自然と心が満たされる」と思い込んでしまっているわけです。

世間で言われる「幸せの価値観」はあくまで「大勢の価値観の平均」です。

しかし、現実にはひとりとして平均的な人間は存在しません。楽しいと感じる瞬間、幸せを感じる時、嬉しいこと、美味しいもの、など一人ひとり違います。

なので、平均的な幸せの価値観の枠に自分をはめてみても、心は満たされずモヤモヤするだけになります。

他人の価値観=幸せになれるという怪しい壺

世の中の他人の価値観(平均的な価値観)を受け入れるということは

「この壺を買うことであなたは幸せになれます」という言葉を真に受けて壺を買っているということ

このご時世、普通は買わないですよね。そんな怪しい壺は。

でも、世の中の価値観を信じて振り回されているあなたはその壺を買っているのです。

本当は欲しくもないのに、「壺を買えば幸せになる」という言葉(他人の価値観)を信じて買ってしまう

そして、壺を買ったけど幸せにはなれない。心のモヤモヤだけが積もります。

自分の価値観で生きるには

まずは、いまの自分の価値観が本当に自分のものかを自問自答してみましょう。

そして、世の中の平均的な価値観を疑ってみることです。

大切なのは周りの他人の価値観に頼らず、自分の価値観をはっきりさせること。それに従うことです。

今の自分が求めている幸せや自分の理想像をよく考えてみてください。

今持っている価値観で「なんか違うな」「しっくりこないな」と少しでも感じるなら、それはあなたが持つ本当の価値観ではないのでしょう。

他人のモノサシを捨て、自分の本音にフタをせず、自分が心から望むものを求めていきてください。

参考書籍:「頭のゴミ」を捨てれば、脳は一瞬でめざめる

周りや世間が「こうすれば幸せになれる」という価値観から抜け出して、自分が「どうなりたいか」「どうしたいか」「自分の求めるモノはなにか」を自問自答し続ける必要があります。

自分のものさし(価値観)を確かめ続けて、従うっているとき「本当に幸せ」と言えるでしょう。

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承認欲求を捨てて生きる

承認欲求は「人生の息苦しさ」の根っこ

心がみたされない原因のもう一つとして「承認欲求に従っていること」が挙げられます。

承認欲求に従うと「誰かに認められたい」「悪い評価をされたくない(嫌われたくない)」といった感情が強くなります。

その結果、他人の期待や顔色ばかりを気にして、息苦しくなり、自分らしい生き方もできなくなります。

つまり、他人の人生を生きている状態になり、幸福感を感じない、満たされない気持ち、むなしさを感じます。

他人の人生を生きるのは不健全

ユダヤ教の教えにこのようなことがあります。

自分が自分のために自分の人生を生きていないのであれば、一体誰が自分のために生きてくれるだろう。

参考書籍:嫌われる勇気ー自己啓発の源流「アドラー」の教え

この教えの通り、自分の人生は自分のものです。他人の人生を生きていてはいけません。

承認欲求に従うことで他者の評価や承認ばかりきにしていると、他者の人生を生きることになるのです。

「こんな人でいて欲しい」という他人の期待にばかり応えると建前ばかり、自分がない人間になってしまいます。

自分の心に嘘をつくわけですから心は満たされませんし、誰からも自分を認めてもらえないと苦しみを感じたり、自信を持てなくなります。

誰かの承認欲しさに自分の生き方を決める(他人のために生きる)このような生き方はとても不健全でしょう。

「課題の分離」が承認欲求から逃れる鍵

この承認欲求から離れる為には「課題の分離」という考え方を持つことが大切です。

課題の分離:「自分の課題」と「他人の課題」を分離すること

2つの課題の見分け方は、あなたがコントロールできることか否かということです。

例えば、「新しい職場で一緒に仕事をする人たちの目の前であいさつをする場面」を考えます。

嫌われたくないというのは「自分の課題」

あなたの課題は、今後一緒に仕事をする人に仲良くしてもらえるように自己紹介をすることです。できるだけ、本当の自分を知ってもらえるようにすることです。
自分のことを嫌うか嫌わないかは「他人の課題」
そのあいさつを聞いて「あなたのことをどう思うか」はその他人の課題です。あなたは直接的に相手の心をコントロールすることはできません。

「他の人からどう思われるか」ばかりを気にしていると、建前だらけのあいさつになってしまいます。あとあと、その建前を維持するために自分に嘘をつき続け、心が疲れていきます。

 

「他人の課題」を自分の課題のように抱え込むと、自分の人生を生きられなくなったり、重苦しい人生観に見舞われます。

自分を承認するかしないかは結局は他人次第なので、「承認欲求」というものは捨てた方がいいです。

自分らしさを認める、自分を貫くといった生き方をすることが、心の満足には重要です。

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